2008年 08月 19日
バーナム博物館 |
今年6月に観たエドワード・ノートン主演の映画「幻影師アイゼンハイム」の原作となった作品を含むスティーヴン・ミルハウザーの短編集「バーナム博物館」を読んでみた。
10篇からなるこの短編集はミルハウザー独特の幻想世界が展開されているが、その話ひとつひとつについての解説と感想を述べてみると、
「シンバッド第八の航海」~通常知られる「千夜一夜物語」の中のストーリーではシンバッドは七回までの航海と冒険をしているが、バージョンによってその詳細が違っていたりという相違点から八つ目の部分を導き出しつつ、史実におけるシンバッド物語の変遷のマニアックな解説や引退後のシンバッドの姿などの描写を交錯させつつ話が進むという少し複雑な構成。
「ロバート・へレンディーンの発明」~優秀ながらも自らの進む道に迷うロバートは「想像力」のみによって完全な人間を創り出すという発明を始めるが・・・といったストーリーであるが、ロバートの内面心理描写がかなりの詳細さだったり、その詳細な心理を持つゆえに想像力によって作られたオリヴィアの存在がリアリティを帯びてくるが、考えてみたら引きこもり青年の異常な妄想物語でもある気もする。
「アリスは、落ちながら」は有名な「不思議の国のアリス」が穴に落ちる過程の心理状態とそれが実は夢であったような姉の膝で眠る現実世界のアリスの描写と交錯させる構成のストーリーだが、よく知られる物語の「ある部分」を切り取ってそこにミルハウザーの想像を自由に泳がせたようなアイデアは面白いし、読みながらこういうアイデアの得方は絵の制作にも使えそうとも思った。
「青いカーテンの向こうで」は子供の頃、何となく不思議に思っていたような「映画館のスクリーンの裏には何があるのか?」という疑問を夢とも現実ともつかない奇妙な世界観で描いた話であるが、実際子供にとってはスクリーンに映し出される様々な世界は驚きそのものだし、その原理がわかる大人になるまではまるで映画館は魔法の館のような感覚で、そういうちょっとした感覚を思い出す懐かしさも感じられるような作品だった。
「探偵ゲーム」~犯人当てやトリックを推理する「探偵ゲーム」というボードゲームをプレイする人々と、プレイされる側であるゲームの中の登場人物の様々なかけひきや心理を描いたストーリーであるが、これも「シンバッド第八の航海」と同じくゲームについての詳細な説明やパッケージに書かれた記述など解説的文章が途中に配置されていたり、3つの世界が交錯する複雑な構成。
これまでこんなに動き回っていたゲーム内の人物たちがゲームが終わると同時に消えてしまう儚さは「ゲーム」というもの自体の持つ幻想的側面と本質をよく表しているような気がするし、後に載っていた「訳者ノート」によるとこのゲームは実際に存在するらしく機会があったら是非やってみたい♪
「セピア色の絵葉書」~都会を離れてある田舎町にやってきた男が町にあった稀少本を揃えた本屋で入手した絵葉書によって誘われる幻想世界を描いた話であるが、何かの拍子に異世界に迷い込んだ男という感じで、ネタ的には都市伝説にも「よくある話」でアイデア的には独特さはなかったがミルハウザーの凝った文章やこれまた異常に細かい稀少本屋内のディティール描写などは魅力的である。
「バーナム博物館」~本のタイトルにもなっている話であるが、これといってストーリーというものはなく、ひたすら驚異でもあり、ある意味胡散臭い様々な「不思議」が展示されているこの「バーナム博物館」の様子やそれに関わる人々の様子、この博物館を抱える町の反応などを淡々とレポートするように描いた作品であるが、いくつかの世界が交錯したり、突然説明文が入る事もなくミルハウザーの文章の中では結構読みやすい感じだし、内容的にも彼が想像した数々の展示物は面白くてこのまま絵に描いたら楽しいかも?とも思った。
「クラシック・コミックス♯1」~この作品はT.S.エリオットの詩を題材とした漫画をコマひとつひとつについて詳細に描写しながら展開させるという実験的ともいえるアイデアの話であるが、漫画なら数秒で読めるものをわざわざ活字で表現するとこんなに複雑になってしまって、余計わかりにくくなるものかと思ってしまうくらい漫画の構成をそのまま文章にするというのはわかりにくい。でも絵描きとしてはこれをこの文章を読みながら絵にしてみたら一体どうなるのかという興味はある。
「雨」~男が雨の中、車に乗り、走らせるが車が沈んでくるような状況に襲われ脱出、そして・・・みたいなちょっとパニック映画みたいな状況をミルハウザーが表現するととどうなるかという感じの作品だが、雨の表現が実に詩的に表現されていたり、そういう部分では「雨」という存在が幻想的に感じられたりもしてくる作品。
「幻影師アイゼンハイム」~19世紀末に活躍した奇術師アイゼンハイムの物語で、映画の原作としてこの本の中で一番読んでみたかった話であるが、ラブストーリーを主軸に人生をかけた奇術を行なうといった、アッと驚くラストも用意されている映画版と違って小説版はそういうドンデン返しもラブストーリーが中心というわけではないし、アイゼンハイムという存在の不可思議さや彼の行なう奇術の面白さ、ライバル奇術師との対決などどっちかといえば同じく19世紀末の奇術師をテーマにした映画「プレステージ」に近い印象もある。
しかしながらアイゼンハイムが恋した地元領主の娘の話とかオーストリア皇太子の謎の心中事件、秘密警察との関係など映画につながる要素もいくつかあり、この要素がこう化けたのかという映画とあわせて楽しめる部分もあるし、小説だけ読んでももしバーナム博物館の中に生きているような人物が世間に出てきたら・・・といった短編集内での共通項を考えてみたりミルハウザー独自の幻想世界の展開は十分楽しめると思う。
普段読む活字本といえばルポルタージュ系やコラム系の本が多く、長く小説系からは遠ざかっていた私としては、いきなり1話目から通常の小説とはまた違う特殊な構成の話だったのは、最初少し読み辛かったが、読んでいくうちにイメージも広がり、ミルハウザー独自の文体や表現に慣れてくる気もして特殊な世界ゆえに入ってしまうとクセになる感じもする。
「幻影師アイゼンハイム」以外にも映像化したら面白そうな作品もあったしヤン・シュヴァンクマイエルに「バーナム博物館」、デビッド・リンチに「ロバート・へレンディーンの発明」、デヴィッド・クローネンバーグに「探偵ゲーム」なんかを映画化してもらえたらきっとシュールで強烈に印象的な作品が出来そう☆
10篇からなるこの短編集はミルハウザー独特の幻想世界が展開されているが、その話ひとつひとつについての解説と感想を述べてみると、
「シンバッド第八の航海」~通常知られる「千夜一夜物語」の中のストーリーではシンバッドは七回までの航海と冒険をしているが、バージョンによってその詳細が違っていたりという相違点から八つ目の部分を導き出しつつ、史実におけるシンバッド物語の変遷のマニアックな解説や引退後のシンバッドの姿などの描写を交錯させつつ話が進むという少し複雑な構成。
「ロバート・へレンディーンの発明」~優秀ながらも自らの進む道に迷うロバートは「想像力」のみによって完全な人間を創り出すという発明を始めるが・・・といったストーリーであるが、ロバートの内面心理描写がかなりの詳細さだったり、その詳細な心理を持つゆえに想像力によって作られたオリヴィアの存在がリアリティを帯びてくるが、考えてみたら引きこもり青年の異常な妄想物語でもある気もする。
「アリスは、落ちながら」は有名な「不思議の国のアリス」が穴に落ちる過程の心理状態とそれが実は夢であったような姉の膝で眠る現実世界のアリスの描写と交錯させる構成のストーリーだが、よく知られる物語の「ある部分」を切り取ってそこにミルハウザーの想像を自由に泳がせたようなアイデアは面白いし、読みながらこういうアイデアの得方は絵の制作にも使えそうとも思った。
「青いカーテンの向こうで」は子供の頃、何となく不思議に思っていたような「映画館のスクリーンの裏には何があるのか?」という疑問を夢とも現実ともつかない奇妙な世界観で描いた話であるが、実際子供にとってはスクリーンに映し出される様々な世界は驚きそのものだし、その原理がわかる大人になるまではまるで映画館は魔法の館のような感覚で、そういうちょっとした感覚を思い出す懐かしさも感じられるような作品だった。
「探偵ゲーム」~犯人当てやトリックを推理する「探偵ゲーム」というボードゲームをプレイする人々と、プレイされる側であるゲームの中の登場人物の様々なかけひきや心理を描いたストーリーであるが、これも「シンバッド第八の航海」と同じくゲームについての詳細な説明やパッケージに書かれた記述など解説的文章が途中に配置されていたり、3つの世界が交錯する複雑な構成。
これまでこんなに動き回っていたゲーム内の人物たちがゲームが終わると同時に消えてしまう儚さは「ゲーム」というもの自体の持つ幻想的側面と本質をよく表しているような気がするし、後に載っていた「訳者ノート」によるとこのゲームは実際に存在するらしく機会があったら是非やってみたい♪
「セピア色の絵葉書」~都会を離れてある田舎町にやってきた男が町にあった稀少本を揃えた本屋で入手した絵葉書によって誘われる幻想世界を描いた話であるが、何かの拍子に異世界に迷い込んだ男という感じで、ネタ的には都市伝説にも「よくある話」でアイデア的には独特さはなかったがミルハウザーの凝った文章やこれまた異常に細かい稀少本屋内のディティール描写などは魅力的である。
「バーナム博物館」~本のタイトルにもなっている話であるが、これといってストーリーというものはなく、ひたすら驚異でもあり、ある意味胡散臭い様々な「不思議」が展示されているこの「バーナム博物館」の様子やそれに関わる人々の様子、この博物館を抱える町の反応などを淡々とレポートするように描いた作品であるが、いくつかの世界が交錯したり、突然説明文が入る事もなくミルハウザーの文章の中では結構読みやすい感じだし、内容的にも彼が想像した数々の展示物は面白くてこのまま絵に描いたら楽しいかも?とも思った。
「クラシック・コミックス♯1」~この作品はT.S.エリオットの詩を題材とした漫画をコマひとつひとつについて詳細に描写しながら展開させるという実験的ともいえるアイデアの話であるが、漫画なら数秒で読めるものをわざわざ活字で表現するとこんなに複雑になってしまって、余計わかりにくくなるものかと思ってしまうくらい漫画の構成をそのまま文章にするというのはわかりにくい。でも絵描きとしてはこれをこの文章を読みながら絵にしてみたら一体どうなるのかという興味はある。
「雨」~男が雨の中、車に乗り、走らせるが車が沈んでくるような状況に襲われ脱出、そして・・・みたいなちょっとパニック映画みたいな状況をミルハウザーが表現するととどうなるかという感じの作品だが、雨の表現が実に詩的に表現されていたり、そういう部分では「雨」という存在が幻想的に感じられたりもしてくる作品。
「幻影師アイゼンハイム」~19世紀末に活躍した奇術師アイゼンハイムの物語で、映画の原作としてこの本の中で一番読んでみたかった話であるが、ラブストーリーを主軸に人生をかけた奇術を行なうといった、アッと驚くラストも用意されている映画版と違って小説版はそういうドンデン返しもラブストーリーが中心というわけではないし、アイゼンハイムという存在の不可思議さや彼の行なう奇術の面白さ、ライバル奇術師との対決などどっちかといえば同じく19世紀末の奇術師をテーマにした映画「プレステージ」に近い印象もある。
しかしながらアイゼンハイムが恋した地元領主の娘の話とかオーストリア皇太子の謎の心中事件、秘密警察との関係など映画につながる要素もいくつかあり、この要素がこう化けたのかという映画とあわせて楽しめる部分もあるし、小説だけ読んでももしバーナム博物館の中に生きているような人物が世間に出てきたら・・・といった短編集内での共通項を考えてみたりミルハウザー独自の幻想世界の展開は十分楽しめると思う。
普段読む活字本といえばルポルタージュ系やコラム系の本が多く、長く小説系からは遠ざかっていた私としては、いきなり1話目から通常の小説とはまた違う特殊な構成の話だったのは、最初少し読み辛かったが、読んでいくうちにイメージも広がり、ミルハウザー独自の文体や表現に慣れてくる気もして特殊な世界ゆえに入ってしまうとクセになる感じもする。
「幻影師アイゼンハイム」以外にも映像化したら面白そうな作品もあったしヤン・シュヴァンクマイエルに「バーナム博物館」、デビッド・リンチに「ロバート・へレンディーンの発明」、デヴィッド・クローネンバーグに「探偵ゲーム」なんかを映画化してもらえたらきっとシュールで強烈に印象的な作品が出来そう☆
by lucifuge
| 2008-08-19 23:27
| 本/文学・小説