2008年 11月 02日
我が教え子ヒトラー |
ドイツのユダヤ人監督であるダニー・レヴィが独自の視点でナチスを描いた映画「我が教え子ヒトラー」を観た。
敗戦色濃い1944年のドイツを舞台に来るべき決戦に備えて宣伝相ゲッベルスは総統ヒトラーの大パレードと演説、それを映画として収録し公開するという一大イベントを計画し、国民の戦意高揚をあおろうと考えるが肝心のヒトラーは精神的にダウンしており、かってのカリスマ性や力を失なっていた・・・・そこで昔ヒトラーに」演説や演技の指導を行なったユダヤ人俳優グリュンバウム教授を収容所から呼び戻し、ヒトラーに再指導を行なわせて彼の復活を目論むが・・・・・といったストーリー。
とにかく観た印象としてこれまでこんな風にナチスを面白おかしく描いた作品はなかったし、笑わせながらも人間という存在が持つ心の重要な深い部分までもしっかり捉えているようで凄い作品だった。
またうっとおしいくらいに何かにつけてヒトラー式敬礼を行なったり、何でも書類を通さないと物事が進まないようなナチスの連中の描写はかなり滑稽でありながらもナチスという存在の変な部分をうまくデフォルメして表現しているように思えるし、廃墟になった街を映画のセットで隠してパレードを行なおうとする計画や、クライマックスシーンでの演説のカラクリなど「肥大化した嘘」が「暴走」してしまい「後戻り」できなくなってしまった存在という、ある意味ナチスの本質をコミカルながら真に突いたような鋭い作品だったように思う。
それからこれを機会にヒトラーを亡き者にして自ら権力を握ろうと暗殺計画を進めるゲッベルスと親衛隊長ヒムラーやそれを危惧する軍需相シュペーアなど有名なナチス幹部たちの描き方も大げさにキャラクター表現されていてブラックユーモア満載だし、グリュンバウム教授が演技指導や訓練と称してヒトラーを殴ったり犬の真似をさせたりするシーンとかかなり笑ってしまったり、絶対的権力者であるはずのヒトラー自身はひどく孤独で寂しい存在であり、あろうことかグリュンバウムの家族たちと一緒に寝たがるシーンなど、彼は悪の権化などではなくたたの弱い一人のオッサンでしかないような部分や一緒に寝に来たヒトラーを殺そうとまで考えたグリュンバウムとその妻もその哀れ過ぎる姿に殺す事ができなかったり、笑いを誘いながらも人間ドラマとして考えさせる部分も多かった。
ナチス的国家の狂ったイデオロギーという建前とその被害者であるユダヤ人という関係に対して個人の本音という思考や感情の対比的な描き方もナチス=悪の権化という単純に片付くものではなく、どういった状況でも人間それぞれの関わりというのはもっと複雑であり敵・味方だけで割り切れるものではないし、そこが人間というものの深さであり良さであるように思う。
この作品はこれまでに観たどんなナチスやヒトラーを題材にした映画と違うものを見せてくれたし、そういう作品の中でも視点の新鮮さや人物表現の仕方、その裏にある深いテーマ性など色んな面でベストな作品だったと思う。
敗戦色濃い1944年のドイツを舞台に来るべき決戦に備えて宣伝相ゲッベルスは総統ヒトラーの大パレードと演説、それを映画として収録し公開するという一大イベントを計画し、国民の戦意高揚をあおろうと考えるが肝心のヒトラーは精神的にダウンしており、かってのカリスマ性や力を失なっていた・・・・そこで昔ヒトラーに」演説や演技の指導を行なったユダヤ人俳優グリュンバウム教授を収容所から呼び戻し、ヒトラーに再指導を行なわせて彼の復活を目論むが・・・・・といったストーリー。
とにかく観た印象としてこれまでこんな風にナチスを面白おかしく描いた作品はなかったし、笑わせながらも人間という存在が持つ心の重要な深い部分までもしっかり捉えているようで凄い作品だった。
またうっとおしいくらいに何かにつけてヒトラー式敬礼を行なったり、何でも書類を通さないと物事が進まないようなナチスの連中の描写はかなり滑稽でありながらもナチスという存在の変な部分をうまくデフォルメして表現しているように思えるし、廃墟になった街を映画のセットで隠してパレードを行なおうとする計画や、クライマックスシーンでの演説のカラクリなど「肥大化した嘘」が「暴走」してしまい「後戻り」できなくなってしまった存在という、ある意味ナチスの本質をコミカルながら真に突いたような鋭い作品だったように思う。
それからこれを機会にヒトラーを亡き者にして自ら権力を握ろうと暗殺計画を進めるゲッベルスと親衛隊長ヒムラーやそれを危惧する軍需相シュペーアなど有名なナチス幹部たちの描き方も大げさにキャラクター表現されていてブラックユーモア満載だし、グリュンバウム教授が演技指導や訓練と称してヒトラーを殴ったり犬の真似をさせたりするシーンとかかなり笑ってしまったり、絶対的権力者であるはずのヒトラー自身はひどく孤独で寂しい存在であり、あろうことかグリュンバウムの家族たちと一緒に寝たがるシーンなど、彼は悪の権化などではなくたたの弱い一人のオッサンでしかないような部分や一緒に寝に来たヒトラーを殺そうとまで考えたグリュンバウムとその妻もその哀れ過ぎる姿に殺す事ができなかったり、笑いを誘いながらも人間ドラマとして考えさせる部分も多かった。
ナチス的国家の狂ったイデオロギーという建前とその被害者であるユダヤ人という関係に対して個人の本音という思考や感情の対比的な描き方もナチス=悪の権化という単純に片付くものではなく、どういった状況でも人間それぞれの関わりというのはもっと複雑であり敵・味方だけで割り切れるものではないし、そこが人間というものの深さであり良さであるように思う。
この作品はこれまでに観たどんなナチスやヒトラーを題材にした映画と違うものを見せてくれたし、そういう作品の中でも視点の新鮮さや人物表現の仕方、その裏にある深いテーマ性など色んな面でベストな作品だったと思う。
by lucifuge
| 2008-11-02 16:11
| 映画/洋画